| 長友 啓典 (アートディレクター) |
HASHIと呼ぶ方が橋村さんと呼ぶより僕としてはぴったりとくる。怒るかもしれないが、国籍不明な気がするからだ。お会いすると、れっきとした日本人であるにも拘らずだ。二世でも三世でもないのにだ。アメリカ生活が永いからか、とも思ったがそうでもないような気がする。 「それは何か? 」と聞かれれば、良くわからないが思うに、江戸の終わりか明治とか大正のはじめに、アメリカに渡った人達の風貌にどこか似ているからかもしれない。あの眼光、あの立ち居振る舞い。彼は確かにサムライの風貌をしている。 HASHIと呼ぶようになって10年ぐらいになるだろう。
色々な事で大変お世話になった。だからHASHIのことは親戚のような感覚でいる。親戚のお兄さんの事をあれこれ言うのは身内の誉めあいの様で気が引けるがしかたがない。 サムライの風貌と言ったが風貌だけでなく、相当な腕っぷしのサムライと見た。一匹狼で剣の使い手と見た。そうした刀の使い手を想像して、剣をカメラに置き換えるとHASHIの像が浮かんでくるだろう。そんな事を思うと久し振りに会ったりする時のHASHIは顔は笑っているが眼が笑っていないふしがある。常に、何かを見抜こうとしている。猛虎類の目つきにも似ている。表現者としては必須条件だ。HASHIには肉体的にも、精神的にも毅然とした姿勢がある。これはどう見てもサムライのものだ。
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