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 青柳 正規(国立西洋美術館 館長)
「言葉で表現することが極めて困難な、それでいて、誰もが心の奥深い部分に持っている懐かしさ」。
これが、HASHIGRAPHYを初めて見た時に私の脳裏に浮かんだことである。

HASHI(橋村奉臣)に初めて会った際、私達はすぐに意気投合した。否、正確には、HASHIとの出会いは意気投合などという生易しいものではなく、衝撃に近いものがあったと言わざるを得ない。

私は仕事柄、発掘作業に自ら関わることが多い。美術を評論するにあたり、既に世界中で幅広く認知されている名作の数々に触れる事、それはそれで価値のある事なのだが、未だ誰にも発見されていない、私自身も過去に知る事のなかった新しいモノに出会った時の喜びは言葉で言い尽くせないほどエキサイティングなものである。その喜びに出会いたいが為に、私は発掘作業を続けていると言っても良い。そういう意味で、HASHIならびにHASHIGRAPHYとの出会いは、私にとって、未知のアートの発掘に等しいと言っても過言ではないだろう。

広告写真家として、既に世界で高い評価を築き上げているHASHIの実体は、あくまでも純粋な創作者であり、「時間」という壮大なテーマの横軸と、「モノ」を中心に据えた独特の人生観・世界観という縦軸の中で、ファインアートとしての写真の在り方を追求するHASHIの姿勢は、世界を舞台に活躍しているという、言わば世俗的な域を超え、もはや「写真道」の極みに達しつつあるのではないか、と私は感じている。私自身も写真を撮り、過去にも数え切れないほどの写真作品を見てきているが、これだけ独創性に溢れた作品を眼にしたことはない。

HASHIは、HASHIGRAPHYを通じて、紀元3000年の未来に生きる人達が自分の作品を鑑賞している、という場面を思い浮かべながら、その時点で彼らの眼に映るであろう作品の姿を、私達が現在生きている21世紀の時点で「再現」している。しかも、それらの作品の原型となっている被写体の多くは、ローマ時代の遺跡や、古いパリの町並み等、必然的に過去を感じさせるものである。言い換えれば、写真を通じて、過去の被写体を現代の創作作業を通じて未来へ継承していくこと、それがHASHIGRAPHYの原点である、とも理解できるのである。  過去のモノを、現代という通過点を経由して未来に伝えていく、という作業は、遺跡の発掘作業にも共通するものがある。例えば、ローマ時代の遺跡の中でも、最も有名なものの一つに挙げられる、ナポリ南部にあるポンペイは、紀元79年のヴェスヴィオ山噴火で埋没した都市であるが、長年にわたる発掘作業への取り組みによって、現在、遺跡は一般公開され、遺品のほとんどがナポリの国立博物館に展示されている。ポンペイを訪れ、2000年前のイタリアの古代都市の姿を見て、現代に生きる私達は、様々な事を考える。遺跡の中に見られる、水道や司法省の建造物、商店街、豪邸、庶民の住居といった「過去」の数々を、私達はまず視覚で捉え、それに触発される形で、やがて心は2000年前にタイムスリップし、約2万5000人の人口を有したと言われている古き時代に思いを馳せるのである。また、それらの遺跡は、重要な歴史物として今後も保存され、おそらく、今から1000年後も今と同じ場所に、今と変わらぬまま身を置き、その場所を訪れた人々は、同じように、3000年前のポンペイの繁栄や噴火当時の様子を想像するのであろう。

HASHIGRPHYは大胆で、かつ繊細である。百年後ではなく、敢えて今から千年後に自らの作品が鑑賞される事を想像し、それを創作作業の中に反映させるという手法は新鮮かつ斬新で、大胆この上ない。その一方で、風化された写真のようなテクスチャーと墨絵のようなトーンの両方を持ち合わせる作風は、時に優しく訴えかけ、時に凄まじいエネルギーで鑑賞者の眼を釘付けにする。それらはいずれも、長い間、「モノ」と向き合ってきたHASHIのみが作り出すことのできる、独特の繊細さを含んでいる。その繊細さは、写真を通じて、被写体の「モノ」としての本質が満ち溢れ出てくる、そんな感じのものである。

十万分の一秒の世界を「一瞬の永遠」として凍結させるHASHIの代表作「アクション・スティルライフ」とは全く異なるアプローチで作られているHASHIGRAPHY。誰にも平等に与えられている「時間」というテーマを、それぞれ異なるスパンで解釈しながら創作活動に没頭し、自らの写真道を極めつつあるHASHIの存在は、日本のみならず、今後の世界のファイン・アート・シーンに大きな影響を与える、そんな予感がする。日本だけの事を考えてみると、現在、日本から海外へ向けて優れた才能が流出を続ける中で、数十年も前に、自らの志を貫くための舞台を世界に見出し、成功という手土産を持って、母国・日本で紹介されようとしているHASHIの動きは歓迎すべきことであり、そこから現代の日本人が学ぶことは数多いと考える。

HASHIと私は世代的に、ほぼ同じである。私は、日本の大学を卒業し、更にローマに留学して、学者・研究者という道を歩いて来て現職に就いている。一方でHASHIは裸一貫で米国へ旅立ち、アメリカンドリームを勝ち取った。今回、もともとは分野が違う二人が出会った事には運命的なものを感じざるを得ない。HASHIとは今後、発掘に関連する仕事でも関わっていく事になっており、彼との出会いが、学者としての私の人生をどのように変えていくことになるのか、「私の発掘」の成果が、更に新たな作品に変わって行くのを、今から楽しみにしている次第である。

青柳 正規(国立西洋美術館 館長)
阿久 悠 (作詞家、作家)
大出 一博 (SUNデザイン研究所代表、ファッションプロデューサー)
Gerald L. Curtis (Burgess Professor of Political Science, Columbia University)
ジェラルド・カーティス(コロンビア大学政治学教授)
黒田 征太郎 (アーティスト)
Richard Collasse (President and Representative Director CHANEL.K.K)
リシャール・コラス(CHANEL株式会社 社長)
三枝 成彰(作曲家)
立松 和平(作家)
長友 啓典(アートディレクター)
福原 義春(東京都写真美術館 館長・株式会社資生堂 名誉会長)